田舎の居酒屋でコンプレックスについて考えてみたら、芋焼酎がウマかった話
いつものように芋焼酎の水割りを舐めるようにチビチビと飲む友。
彼は名前をタケシという。
いつからだろうか、彼が芋焼酎なんて飲むようになったのは。
大学時代はそのガタイの良さに似合わず可愛らしいカクテルなんて飲んでいたのに。
いつからそのガタイに似合う芋焼酎なんて飲むようになったんだいタケシ。
彼がカウンター席でポツリと呟いた。
タケシ
『コンプレックスってある?』
高校時代は部活の柔道で大外刈り1本でガスガス後輩を投げ込んでいた君。
来るひも来る日も大外刈り。もはや大外刈りというよりはラリアットだと思ってたよ。
いつからそんなセンチな言葉を呟くようになったんだい。
グリズリーのような彼が呟くには意外な言葉だった。
僕
『あるけど・・・どうして?タケシはなんかあるの?』
タケシ
『あるよ。』
あるのか。
片田舎の居酒屋でコンプレックスについて話をするようになるなんて。
あの頃は夢にも思わなかったね。
それは30代というひとつの区切りに知らぬうちに到達してしまったからだろうか。
タケシ
『ちょっと複雑な家庭環境とか。』
『大学時代の友達と違って無名の会社で働いてるとか。まぁ色々あるよ。』
僕
『そうか。』
同じ浪人時代も過ごした仲。
彼は第一志望の大学に行き。僕は不合格だった。
そんな彼の人生は順調そのものに見えたのだけれど、世の中分からないね。
僕
『コンプレックスってなんだろうね。』
タケシ
『劣等感?』
そこからいつものごとくグーグルという名の樹海にさまよい込むとは。
僕
『コンプレックスと劣等感は微妙に違うみたいだね。』
タケシ
『ほんとだ。』
僕
『でもまぁそんなことは良いか。』
コンプレックス。
こんなことを考え始めたら、僕はコンプレックスの固まりでしかない。
コンプレックス自慢のプロレスみたいになっていた僕らに店の大将が口を開いた。
大将
『コンプレックス、コンプレックスって随分暗い話じゃねーか。』
タケシ
『大将はコンプレックスあります?』
大将
『ないね!』
僕
『うそだぁ。絶対何かありますよ。』
大将
『まぁ正確にはあるけどな。けどない!』
タケシ・僕
『笑』
大将
『コンプレックスなんてキリがねーんだよ。そりゃ駅前のシャレた喫茶店みたいに儲かりゃいいなとかあるけどよ。そんなこと言っててもしょうがねぇ。』
確かに、そんなことを言っててもしょうがない。
しょうがないけれども心の折り合いはどうつけているのだろうか。
僕
『大将は駅前の喫茶店みたいに儲けたいなぁという気持ちとはどう折り合いをつけてるんですか。』
大将
『そりゃあよ。あっちとこっちは違うって考えるだけよ。』
『あっちはあっちだし、こっちはこっちだ。他人は他人だし、俺は俺なんだよ。』
タケシ
『そんな簡単に割り切れるもんですか。』
大将
『割り切るっていうのとも違うんだよなぁ。ただ違うっていうことを理解するっていうことだな。』
そこでふとアドラーを思い出した。
嫌われる勇気にも他者の課題と自分の課題を分けるって書いてあったな。
大将
『まぁ難しいことは分からないけどよ。俺はあの喫茶店のマスターじゃねぇってことだ。なのにあの喫茶店のこと考えてもしょうがねぇだろ?あいつとおれは違うっていうことだけを理解すりゃいい。理解できたら自分のことをやる。それだけだぜ。』
タケシ
『なるほどなぁ。コンプレックスを抱くっていうだけで、自分のコントロールの範疇を超えてる気がする。』
大将
『まぁでもいいんじゃねぇか?コンプレックス上等よ。そんな自分もまた自分だ。釈迦でもあるめぇし。』
たしかにそうだ。それぞれみんな色んなものを抱えて生きている。
能力も環境もなにもかも違う。その違うということを理解する。そこに光がある気がした。
大将
『なんつーかな。あるがままって感じよ。』
あるがまま。
みんなあるがままに生きている。
僕は人との距離が少し近すぎたみたいだ。
もう少し離れてもいい。
もう少し離れて自分のことに打ち込んでみる。
それでいい気がした。
ふと大学時代に友人と野宿で日本を回った時のことを思い出した。
友人の名前はリュウ。
彼は大学の目の前に住んでいたのに、部屋から一歩も出ないで来る日も来る日も寝ていた。
そんな彼の部屋で深夜同じく芋焼酎をすすりながら映画を観たのを覚えている。
ゲバラの映画【モーターサイクルダイアリーズ】に感化された僕らは、夜明けとともに寝袋を抱えて横須賀の港からフェリーに乗って旅に出た。
『俺はゲバラだ!自分を探すぜ!』
結果どうだったか。
旅の最後の夜。御前崎の道の駅で寝袋にくるまりながら彼と話したことを覚えている。
『自分はどこにもいなかったな。』
僕
『そうだなぁ』
『自分は今ココにいた・・・』
これが僕らの結論だった。
自分は今ココにいる。
それ以上でもそれ以下でもなかった。
自分は今ココにいて。彼は彼で、僕は僕だった。
御前崎の大きな風車が月に照らされてキレイな夜だった。
あるがままに生きる。
大将の豪快な笑い声で我に返った。
横でタケシも遠慮がちに笑っていた。
まだ少し芋焼酎が残っている。
今日は久しぶりにもう少し飲もう。